MUSIC
2008年06月04日
川底からキミをみつけたい

さあ、夏がそろそろ顔を出して来ましたね。皆さんは夏の楽しみといったら? サーフィン... 花火... 素麺...
僕は専ら、海より川派で水遊び好きの飼い犬(音緒)と毎年決まって訪れるスポットがあります。そのすぐ近くは観光客でいっぱいの河原になってるんだけど、ちょっと外れた穴場には僕らとネパール人しかいないんです。ここ十数年の犬散歩経験から、自然と戯れるための場所選びに関して、僕にはとっておきの持論があります。そう、どこまで遠くに行くかどうかより、最終的に落ち着けるスポットを知っているかどうかの方がよっぽど重要なんです。極端な話、今住んでる家の敷地内で寝っ転がってる方がロケーションが最高!なんて場合もありますよね。そしたら、もうどこにも行く必要はないのです。家に居るがいい。でも、なかなかその良いスポットがみつからないんだよな〜
とにかく今年の僕にはXACTI(動画デジカメ)がついている。川底から音緒の泳ぐ姿を撮影するのが本当に楽しみ!! まさにイヌカキなんですよね〜
2008年05月12日
ドレミの歌

ドレミの歌って誰がつくったんですか?サウンドオブナンチャラ系ですよね? あれは音楽的に本当に簡潔で素晴らしい名曲ですね。まさにポップミュージックに不可欠な最もシンプルでドラマティックな起承転結だと思います。特にボクは「シ」の部分「シ〜はしあわせよ〜」のくだりは涙さえ出て来ます。ここは日本語の歌詞も良いですよね。この「完結する一つ手前」ってのは人間がグっと来る物語にかかせないポイントなんですよね。この短い1コーラスの中に人生が詰まっているんですよ。本当に素晴らしい。
ただ過去に公衆化粧室にてひとり、「シ」の部分だけをスローバラード風に鼻歌まじり手を洗っていたらおじさんが入って来て「お兄ちゃんうまいね!」とか言われて恥ずかしい思いをしたので、みんなは気を付けようぜ。
最後にボクなりのドレミの歌を考えてみましたので、簡単ではございますがこれをもって本日の種市弦公式ブログの1記事に変えさせて頂きます。
「ド」はどんなに腹が立っても
「レ」冷静になって
「ミ」みんなの迷惑にならぬよに
「ファ」ファンキーに振る舞う
「ソ」そう、育ちの良さ
「ラ」ラップに表れる
「シ」はやっぱり幸せだよね
さあ、みんなでボクを応援しようぜ!
2008年01月17日
ベータのビデオが捨てらんない

これ誰も見たことないでしょ。2000年位だったかな..ジャケットまで作って発表しないでお蔵入りになった名盤「capsule」この時期はまだピアノなんて弾かないで踊りに踊っておりました。この時期のボクの作品も、自分じゃもう歌えないけど、この人に是非歌ってもらいたいっ..みたいなカッコイイ楽曲がたくさんあるから、今日は一日、サヨナラする前にランダムにピックアップして過ごしております。
近々パソコンを買い替える予定なんだけど、データを移すみたいな作業ってスピリット的にめんどうくさくて...多分このまま消えて行くものがたくさんあると思うんですね。カセットテープ時代の何百曲っていう作品も結局ハード環境が充分じゃないからまず聴くことないし、ホコリかぶるだけだからこの前サヨナラしました。こればっかりは仕方ないですよね。「それらの楽曲を作ったという経験がボクの中に生きている」と解釈して、前に歩いて行くしかないんです。とか言ってるボクだけど未だにベータのビデオが捨てらんない。変なところで意外と潔くないんですよ、ボク。
2007年12月03日
まっしぐらちゃんの持論「打込みはガッツだ!」

ボク種市弦が巷で何と呼ばれてるか御存じですか? そう「まっしぐらちゃん」 とにかく一度気に入るとそれに向って全力投球で周りが見えなくなっちゃうのですよ。ボク的には、きっとそれが何かしら芸術活動に良い影響を及ぼしているんじゃないかと身勝手に解釈しておりますが、周りは結構迷惑みたい。スイマセン。
ここ数年、「音楽制作をするときのOS」と「インターネットをするときのOS」とで一台のパソコンを二つに分けて使っています。もともと音楽制作をするためだけにパソコンを使うようになったのですが、時代と共にインターネットに接続することも自然の流れとして余儀なくされ、いちいち再起動してOSを立ち上げ直すという面倒くさいパソコンライフをおくっておりました。(そして今もそれは続いています。)ほとんど音楽制作用のOSに設定していることが多く、インターネットをなかなか進んで見る事がなかったのですが、このブログを始めるようになって以来まるっきり正反対のパソコンライフになってしまったんです。肝心の音楽をやってない。ここ一ヶ月、打込み全然してないもん。何やってんだオレ。
さあ、今日からまた2月に発表予定の音楽制作にとりかかります。ボクも一人多重録音(いわゆる打込み)を始めて、早16年。その機材もやり方もかなり変わってきました。初めはアナログカセットテープを4トラックに振り分けてレコーディングしていくものから、8トラックになり、その後シークェンサーを使うようになり、そしてパソコン..と徐々に進化してスキルもアップして参りましたが、結局はガッツと発想力。パソコンが曲作ってくれる訳じゃないですからね。
今や本当に低価格で、だれもが気軽に多重録音を楽しめる時代となり、より裾野が広がって新しい才能が登場しやすい社会になったわけですね。
ボクの最近の打込みはガッツに溢れてます! ほとんど一発録り。テンポやグルーウ゛も機械に頼らず全て「ボクの呼吸」に合わせて作っていきます。この世の中でボクにしかできないものを、今後皆様にお届けして参ります。乞うご期待!
2007年11月26日
ベイビーフェイスに緻密なアレンジ..瀬戸谷芳治!
種市弦バンドって知ってる??
94年 僕のデビューに合わせオーディションによって結成された種市弦のバックバンド
要は「シブ楽器隊」みたいなやつですよ。(古)
drums 吉川ミキ率いる、B#(ビーシャープ)の元サウンドメーカーで、現在はアーティストマネージメントのスーパーバイザー 僕に初めてmacを教えてくれた恩師でもある、阪本ミツヤ。
bass 福山雅治からフィリップベイリーまで この男がいればドラムなんかいらないぜ 日本人離れしたグルーヴ感をマジメに突き詰める、インテリジェンスファンキー、植田博之(うえだひろし)。
guitar アンミュージックスクールの特待生で若干18歳にして。種市弦バックバンドにオーディション合格。その後、僕の大親友だったとは思えないビジュアル系バンド「Λucifer」のyukiとして大ブレイク! 結城雅彦。
Ac/E.piano 平井堅くんとタイバンした時は僕のバックだったのに、今や平井堅くんのライブを支える南千住の若き実力派キーボーディスト! 五十嵐宏治。
そして、マッチから加山雄三ロイヤルバンドまで。ベイビーフェイスに緻密なアレンジ、キャリアが違うぜ、我らがバンマス...
keyboard 瀬戸谷芳治〜!
今日、偶然会っちゃたんですよ。瀬戸谷芳治に。
練馬区の一方通行で。僕は車。彼は自転車。
スタジオで会うなら何にもおかしくないんだけど...路地裏ですよ。それも練馬ですよ。
10年振りの再会として、2年前に一度少しだけお会いしたのが最後。
まさかこんな場所で遭遇するとは.. やっぱり縁があるんだな〜
ブログを始め再起をはかりだしたこの時期に、改めて出発点を振り返ってみた。
あの頃の僕は若かったな。
良くも悪くも、皆が僕を盛り上げてくれた。
僕は最初からバンドを組むことに興味がないソロアーティストで、アマチュアバンド経験もなかったので、このプロ集団が僕の組んだ初めてのバンドだった。
それでも自分のイメージを再現するには困難を極め、たくさん試行錯誤した。
どんなバンドにもリーダーがいて、そのリーダー(僕)の意志を忠実に再現することがメンバーの使命だと思っていたが、バンドって本当はそういうものじゃないのかもしれない。
各々の持味が美しく絡まったとき、そこにバンドの意義があるのかな?
瀬戸谷芳治はバンドマスターとしていつも僕たちの中間でやわらかく微笑んでいた。
時には「僕とメンバー」だけじゃなく「僕とスタッフ」との緩和剤にもなってくれていた。
音楽に限らず、芸術は人柄だと思う。
瀬戸谷芳治の奏でる音には「和」が存在する。
94年 僕のデビューに合わせオーディションによって結成された種市弦のバックバンド
要は「シブ楽器隊」みたいなやつですよ。(古)
drums 吉川ミキ率いる、B#(ビーシャープ)の元サウンドメーカーで、現在はアーティストマネージメントのスーパーバイザー 僕に初めてmacを教えてくれた恩師でもある、阪本ミツヤ。
bass 福山雅治からフィリップベイリーまで この男がいればドラムなんかいらないぜ 日本人離れしたグルーヴ感をマジメに突き詰める、インテリジェンスファンキー、植田博之(うえだひろし)。
guitar アンミュージックスクールの特待生で若干18歳にして。種市弦バックバンドにオーディション合格。その後、僕の大親友だったとは思えないビジュアル系バンド「Λucifer」のyukiとして大ブレイク! 結城雅彦。
Ac/E.piano 平井堅くんとタイバンした時は僕のバックだったのに、今や平井堅くんのライブを支える南千住の若き実力派キーボーディスト! 五十嵐宏治。
そして、マッチから加山雄三ロイヤルバンドまで。ベイビーフェイスに緻密なアレンジ、キャリアが違うぜ、我らがバンマス...
keyboard 瀬戸谷芳治〜!
今日、偶然会っちゃたんですよ。瀬戸谷芳治に。
練馬区の一方通行で。僕は車。彼は自転車。
スタジオで会うなら何にもおかしくないんだけど...路地裏ですよ。それも練馬ですよ。
10年振りの再会として、2年前に一度少しだけお会いしたのが最後。
まさかこんな場所で遭遇するとは.. やっぱり縁があるんだな〜
ブログを始め再起をはかりだしたこの時期に、改めて出発点を振り返ってみた。
あの頃の僕は若かったな。
良くも悪くも、皆が僕を盛り上げてくれた。
僕は最初からバンドを組むことに興味がないソロアーティストで、アマチュアバンド経験もなかったので、このプロ集団が僕の組んだ初めてのバンドだった。
それでも自分のイメージを再現するには困難を極め、たくさん試行錯誤した。
どんなバンドにもリーダーがいて、そのリーダー(僕)の意志を忠実に再現することがメンバーの使命だと思っていたが、バンドって本当はそういうものじゃないのかもしれない。
各々の持味が美しく絡まったとき、そこにバンドの意義があるのかな?
瀬戸谷芳治はバンドマスターとしていつも僕たちの中間でやわらかく微笑んでいた。
時には「僕とメンバー」だけじゃなく「僕とスタッフ」との緩和剤にもなってくれていた。
音楽に限らず、芸術は人柄だと思う。
瀬戸谷芳治の奏でる音には「和」が存在する。
2007年11月11日
ヤクルトお姉さん

今後の自分の活動拠点を見つけるべく、最近になってやっと改めてライブハウスなどの会場を巡っております
昨日も友達のドラマー、佐藤大輔くんがリーダーをつとめる、club jazz系バンド「SU」http://su-web.jpのライブに行って参りました。
南青山(になるのかな?)にある「月見ル君想フ」というちょっと変わった名前の可愛いライブハウスで同じようなタイプのバンドが4バンド出演しておられました。
ダイスケくんのバンド「SU」とは、「変拍子で踊ろう!」をテーマに2000年に結成、数学的ポリリズムと即興演奏をミックスした新しい形のダンスミュージックバンド....だそうです。
この前ブログにも書きましたが、僕にとってもjazzは大きなキーワード。
でもjazzの捕らえ方、表現の仕方は様々。みんな違うんですね。
彼等の音楽は普段ライブハウスよりクラブでの出演の方が多いらしく、それをものがたるべく踊りたくなるようなサウンド。
80年代後半からいわゆるクラブジャズと言われるジャンルを耳にするようになったと思われますが、
今も尚、進化してるみたいね。
僕の最近のjazzに対するアプローチの仕方は、美しいメロディーにいわゆる4ビートで絡めていくといったスタイル。逆に彼等クラブジャズなヤツラは、5拍子やら6拍子やら変拍子風のダンスビートにjazzyなセッション的サウンドを乗せて行くといったスタイル。
さらに、今までのスタンダードジャズとも違うのは、全く楽器のアドリブセクションがフューチャーされていなく、ウワモノの楽器は同じようなパターンを繰り返し、リズムを自在に変化させて行くドラマーが主役にさえ見えるスタイルなんです。
そしてどことなく不良っぽい雰囲気で佇んでいてくれているあたりが、ちまちましてるミュージシャンなんかより好感が持てます。
この前お話しした僕の定義からすると、彼等が今のジャズメンなのかも。
でもなんか僕から見るとみんな若くてカワイく見えました。
甲子園球児が年下になり、相撲取りが年下になり、ヤクルトおばさんがヤクルトお姉さんに見えてきた今、ジャズミュージシャンも年下か〜
そりゃ、同級生も選挙出るわな。
2007年11月08日
GEN@jAZZ
だいたい自分が好きじゃなきゃブログだの、ホームページだの、ラジオだの、ライブだの... やりませんよね。 ..どうも、こんにちは 自分大好き種市弦です。
ま、誰だってみんな自分を好きなんだろうけど、それでも「そん中でもオレが絶対一番自分のことが好きなんだ〜!」ってテレビとかで言っちゃうようなタイプの人間を、ここでは改めて「自分大好き人間」と呼ばせて頂きます。
お察しの通り、ワタクシ種市弦も日々相当な自分大好き人生に翻弄されております。
そんな僕の周りなんだけど、これまた自分大好きなヤツらが集まって来るんですよ。「自分が..自分が..」で喧嘩になりそうなもんですけど、意外とそれぞれが自分を愛して余裕があるから、調和がとれるみたいです??
僕は職業がら自分を客観視して、ものをつくって行くことが多々あるんだけど、何年やっても本当に自分ってわからない。要は何が持味かっていうことを考えてるんだけど、友人のスピリチュアルアーティスト、堀田健志くんはこんなこと言ってたな。 人にはそれぞれ重要な九つの要素があるんだそうです。で、やっぱりその見つけ方ってのもあるみたいで聞いたんだけど忘れちゃったから、今度じっくりおしえてもらおうかなと思ってます。(後日発表〜)
で、僕の場合自分で一個みつけました。
それは.. [jazz]
ここでもやっぱりアカデミックなジャズ理論や歴史などは僕には知ったこっちゃない世界ですが。
とにかく僕は[jazz]なんですよ。生れたときから[jazz]だし、育った環境も[jazz]でした。
おそらく父の影響が強いんでしょうが、ジャズミュージシャンだった父は蕎麦屋も寿司屋も焼肉屋もジャズがかかっているかどうかで店の優劣を決めるヤッカイな人間です。味も変わってくるらしいですよっ。 まあ昔のジャズ好きに良くいる偏ったタイプ。日本にジャズと演歌しかなかったような時代だし、日本に限らず当時あんなことされたら偏った音楽感になってしまうのもわからなくはないですね。
「これはジャズじゃない!」とか「音楽はジャズじゃなくてもいいんだ!」とか父の双子の伯父も加わり、しばしばくだらない言い争いになるのが種市家のお正月のパターンです。
とにかくそんなオヤジに教育されてたから、僕もどこかひん曲がっちゃって[jazz]に偏って強い愛情を抱いている部分があります。
音楽をジャンルで語るほど品がないことは百も承知ですが、それでも僕は[jazz]なんです。
人それぞれ色んな解釈や定義があると思いますが、ぼくにとっての[jazz]は..
最高にスマートなんだけど、最上級にロマンティックで、強烈にトガっているのに、人間的。
そしてどんなに音感が良くても、どんなに指が動いても、どんなに声量があってもカッコ良くないと[jazz]じゃないというのも大事なポイントかな。
僕は子供の頃から、やんちゃな中高生の時でさえロックを聴いてきませんでした。
14歳当時(88年)僕の周りにはロックな不良が全然いなかったんですよ。ギター持ってる子はだいたいまじめな子で、不良はみんなディスコでDJって感じ。ボビーブラウン大流行の時期ですな。
僕はたまたま家では楽器やってたけど、そんな雰囲気は微塵も見せずに、週末はだいたいセンター街か六本木みたいな中学生でした。(懐)
だからモテると思ってギターはじめる人の神経は正直いまだにわかりません。
小学生のころからブレイクダンスにハマってヒップホップに足を突っ込んでいたので、ブラックっぽいニュアンスのものは大いに受け入れても、ロックっぽいニュアンスは極力さけてましたね。ファッション感覚的には未だにそういうとこがあります。
そんなヒップホップ時代にも僕は、好きな音楽は[jazz]と必ず応えてました。
そんな僕がここ数年開き直ってピアノを弾くようになりました。
もともと作曲をする時のサポートとしてしかピアノを使ってなかったんで、上手くなろうと練習したことはないんです。事務所で習わされてたことはありますが、正直習うの苦手で...。(先生は一流だったんですよ。レオ先生お元気ですか〜?)
でも何年もやってると上手くなってくるもんですね。あとは開き直り。
できることを好きなようにやってみようと弾きだしたんだけど、意外に回りの反応が良くて他アーティストのキーボードプレイヤーで多数参加してた時期もありました。あれだって今から考えるとそういう仕事を増やそうとはいっさいしてなかったんで、必然的に修業期間だったのかな?
僕はやっぱり[jazz]が好きで自然にそういうムードでピアノを弾いてしまいます。相変わらず音符も読めないし理論も関係ない世界でやってるから、僕が[jazz]を弾くとどうやら[rock]になるようだ。
4年くらい前友人に薦められたこと思い出しました。[GEN@jAZZ]でTシャツ作りまーす。

