LIFE STYLE

2008年06月24日

シリーズ第一弾「自分のこと」

gen&tree
今日から始まりました、シリーズ「自分のこと」
地球と自分に優しい音楽家 種市弦が少しでも皆さんに自分のことをわかって頂こうと、ネットという最先端技術にあやかり、自分で自分をデフォルメなく説明して行こうじゃないかという画期的な気まぐれ企画!! 第一弾は「種市弦とアルコール」というテーマに基づいて発表させていただこうかと思います。

20歳以上なら誰でも購入できる、日本が誇る最優良合法ドラッグ、アルコール。かつて若干21歳にして「the time for sake」という楽曲を発表させて頂いたワタクシ種市弦にとっては切っても切り離せない存在。とはいっても決して強くはないし、そんなに飲んだくれてる訳でもないのです。言ってみれば食事をするのと同じ感覚なんですね。食べ物とアルコールという組み合わせが僕にとっては大切なのです。故に食べ物と相性の良いビールやワインといったアルコール飲料を好んで飲む傾向にあります。アルコールの絡まない朝食以降の食事は僕にとって食事ではないしツマミのない飲酒は悪酔いという最悪の結果を招くことにさえ繋がってしまいます。一口、アルコールを飲み終えた直後に一口おつまみを頂くと、先に胃の中に入ったアルコールが見事な主張を繰り広げるのです。本当に。なんでか知らないけど。 問題なのは昼間ビール一本で済まそうとしたとき..これが難しい。その一本に対してちょうど良い量のおつまみが必要となるからです。多すぎても少な過ぎてもダメ。この調節が難しいのですね。上手いこと両方が同じペースで終了しないと引きずってしまうことになるので、一本の予定が三本になったり、一口のおつまみが4種類くらいに増えてしまうなんてような失敗は日々起こり得るのです。気を付けなくてはいけません。気を付けないと一人でイェーイって感じになってしまいます。かといってそんなことにちびちびと気を遣いながらの食事なんて冗談じゃないぜ。だから水道のように蛇口から好きな時に好きな量だけビールが出て来ることが僕の儚い大人の夢なのです。あ〜BARのマスターがうらやましい。

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2008年06月10日

花束

ドクダミ
花の記事ばっか書いてますがスミマセン。しばらくはおつきあいください。
ここ数年で花に興味を持つようになり、たとえば展覧会などにもしばしば足を運ぶこともありますが、まあ〜どこへ行っても女性だらけ。会場にいる男性のほとんどが恋人や奥様に連れてこられてるパターン。もしくは見かけは男性風にされてて中身が女性の人とかもしくは花を仕事にしてる人じゃないですかね?(全部オレの勝手な勘だけど)それに対して女性といったら、まだ幼稚園にも通っていなさそうな女の子から杖をついて歩かれるお年を召した御婦人までみんな口をそろえて「かわいい〜」と連呼してるんですね。趣味はそれぞれでしょうが皆が皆、花に対して愛おしさを備えているんです。以前「男の子用は乗り物、女の子用はお花」の柄が紙オムツに入っているのをウリにしているCMを見たことがありますが、本当に誰が教えるでもなく自然に女のコはカワイイモノに、男のコは乗りモノや戦いモノに惹かれていくんですよね。不思議。
もともと公園や街路樹などの木には深く興味を抱いていたのですが、わざわざ花を自分のために買ったりはしませんでした。みんな観葉植物は買うんですよ。でも花は手を出さない。絵を描いたり、写真を撮ったり、パソコンでデザインしたり、インテリアにこだわったり、毎月洋服のカード支払いに苦労したりするんだけど..花は買わないんですよね。確かに生まれ持って男性の方が女性よりも花を愛おしく想う能力は低い気もしますが、決して頓珍漢な世界ではないと思うんです。自分の部屋や洋服をスタイリングするついでに、花をコーディネートしてみてはいかがでしょうか? 
部屋に花を飾るだけじゃなくて、花束を作って女性に差し上げるのを僕は強くお薦めします。決して恋愛感情のある相手だけに贈るわけではないんですよ。先ほども述べた通り女性は子供からお年寄りまでまず99%お花が好きですから、本当に喜んで頂けるんですね。花屋さんに行って、自分の気に入ったものを選び、さらに色合いや質感や予算で絞り込んでお店の人に花束にしてもらうんですよ。時間がある場合は僕は自分で束ねますが。そんな花束には心とあなたのセンスがこもっていて絶対に喜ばれる意味のある贈り物になるんですね。気を付けたい点は、うるさい花屋が「これにはグリーンを入れた方が良いんじゃないかと..」みたいな勝手な助言をしてくることもあると思うのですが、だいたい花の飾り方にルールなんてあってないようなものなんだから、絶対に自分のセンスを曲げないで頑張ってください。(だいたい服屋もそうだけど合うかどうかはオレが決めるっつうんだよ) 合い言葉は「曲げないで、負けないで」です。

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2008年03月30日

左脳は母方

silence

on the green

先週末、予定通り母方の先祖へのお墓参りに行って来ました。海が見渡せる丘の上の霊園にそれはあって、僕の祖父母と伯父が眠っております。母方の祖父は僕が産まれたときにはすでにこの世を去ってしまっていたので、写真の中のイメージしか僕にはありませんがまぎれもなく僕の存在に関与する4分の1なわけで、彼がいなければ僕は存在しないんですよね。祖母の若い頃の写真は孫の僕から見ても美しく、祖父も1930年代のマフィアを彷彿させるトラッドな出で立ちの色男で写真に収まっている。そこに産まれ育った僕の母は、実年齢より常に10歳以上は若く見られるほど人生を「洋服」に費やしている。つまり、そういった他人の目を気にして自分を着飾るファンキィーとは相反するシックを良しとする価値観は母方の血を受け継いでいるのかなと感じております。芸術的な面で見ると、ジャズとか吉本芸人とかいったファンキィーでくだけたイメージの父方の家系に反して、素人ではあるがチェロやマンドリン、クラシックピアノなどを譜面を見ながら家族で演奏するタイプのお固い雰囲気の家系だったらしいんですね。いずれにせよ音楽一家ではあったようですね。まあ短絡的な発想ではありますが、子供の頃から「右脳は父方、左脳は母方」で自分は形成されているんだと漠然と思っております。僕には極端な両面があるんです。
また改めて自分が健康で普通に音楽活動を再開できたことを心より感謝しお祈りして参りました。僕にしか咲かせられない見た事もない美しい花。今日からまた種を蒔きに行って来ます。


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2008年03月26日

The Roots

loots

再々出発の決意を胸に改めて自分を振り返ってみた。
作曲家でサクソフォーンプレイヤーの祖父、種市歳一は僕の作曲の師匠であり、ひいてはすべての根源と言えよう。僕が3歳の時にわずか67歳で亡くなっているが、僕には2歳からの記憶がある。2歳までの僕と家族は、祖父母の家の同じ敷地内にある真隣りの家に住んでいた。呼べばすぐに返事が返って来るくらいの言わば二世帯住宅のようなもの。母に手を引かれたった1メートル離れた我が家に戻って行く僕に対して「弦が帰っちゃうなんて淋しいよ〜」と言わんばかりの愛情ある嘘泣きジェスチャーで、夫婦揃って2歳の僕の心を揺さぶるのだ。意外と僕は冷静で「隣じゃないか..」と思いつつも喜んでくれる祖父母に合わせて「淋しい顔」を作っていた。子供は意外と大人なのだ。
まもなく3歳になったある日のこと。はっきりと覚えているが、デタラメに感情をピアノにぶつける僕に(今とあまり変わらないが)周りは笑ったが、祖父は一言まじめな顔で「それはJAZZだよ」
今から思えば、この偏った僕のジャズへの愛情はこの時植え付けられたのかもしれない。

そんな子煩悩な歳一も、かつては鬼のように厳しく酒を浴びては理不尽に悪態をつく、いわゆる戦前の父親だったのだと父は言う。元々クラッシックのギタリストだった祖父は戦争でロシアの捕虜となりジャズに出会い戻って来たらしいのだが、彼はその頃作った「平和」という曲でスターリン賞を頂いたらしい。いやはや、その楽曲こそが僕の作曲の原点なのだと思い続けて来たものの、父や伯母の鼻歌でしか僕はそれを耳にしたことはない。しかも、つい最近になってどうも歌モノらしいってことが発覚。どこかにあるはずだろうからいつか聴いてみたいんだけどな。
それにしてもあの頃の日本を支えて来た人々はどれほどの思いをして日々を生き抜き、家族を守って来たのだろう。平和ボケの中心で愛を叫んで来ただけの僕なんかが想像できることは、ほんの微かな苦悩の一角なんだきっと。

ともあれ、僕の音感のルーツは祖父、種市歳一が原点なのだと僕を流れる血が教えてくれるが、僕の中に棲むファンキーな芸人魂は、吉本の喜劇女優だった祖母、榊原きくが原点なのだ。..つづく


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2008年02月17日

折れたらやばいな恐怖症

音緒を上から2
木はたまに登ったほうがいいですよ。別に高く登らなくても良いんです。僕は「高所恐怖症」ではないんだけど、「折れたらやばいな恐怖症」なんであまり高くまで登ると降りられなくなっちゃうときがあるんです。それでも、木を観るのが好きになって、木のデジャインを好きになって、質感に興味が出て.. 最近はその形に全身で触れてみたいと思うようになったんですね。自然に登りたいと思うようになって、登りやすそうな良い枝振りをみると一段でもいいから登ってみるんです。どんなに高いところでも登れるヒトっているじゃないですか。本当に尊敬します。確かに、怖いと思うと全然登れないけど、その木を信頼して気分をルンルンにさせると軽やかに上まで行けるし、またそこで色んなことがわかったりするんですよね。人生と一緒、こちらの気分で物事はうまくも悪くも運ぶんです。
低くてもいい、しがみついて優しさとパワーをもらうんだ。
木登り
今年12歳のNEOはだいたい僕が木に登ると、下で興奮して木の周りをグルグルと駆けって珍しく吠えたりする。それを見て僕は「まだまだ若い、大丈夫」と木の上から安心する。


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2008年01月20日

ボクの親愛なる VOLVO 240

240


VOLVO 240

74年に設計されたモデルで、94年に作られた車なんですが... 74年といえばボクが産れた年。94年はボクのデビューした年なんだ。何かの縁を感じながらボクが手に入れて4年、もう8万キロも走ってる。ボクにとってセダンであるところも重要だし、紺色であるところも最高にお気に入り。

途中で止まったり、エンジンがかからなくなったり、煙りが出て来たり..本当に色々あったけど、いや、あったからこそボクの可愛いパートナー。機械や車に強くないボクがここまで乗ってこられたのも、本当にhideoutさん(車屋さん)がいてくれたおかげ。これからも一生乗っていきたい。VOLVO240


さらに調子悪くなって来たからそろそろ変え時かな?と思ってるオーディオはカセットテープ。家で作った曲をCDに落とす。何が悲しいか、それを車で聴くためにカセットに落としてサウンドチェックするこの生活もそろそろ終止符が打たれるか!? だいたい今時カセットに落とせるボクもすごいでしょっ。カセットで新曲発表しようかな〜 ...なんて誰も買わないかっ てか誰も聴けないかっ

後姿
は〜いこちらが一番のチャームポイントとなっておりま〜す



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2007年12月20日

ぼくの3つのお友達。 

ベースヘッド
今日の東京は本当に良いお天気。今月末ピアノでライブ参加予定のwnicoを聴きながらビールを飲んでいた。ホントはピアノで参加するんだけど、今日はウッドベースしか触らなかった。
ベース運指
産れて初めて触った楽器、ウッドベース。何年触ってなくてもベースだけはいつでも自由に弾ける。
wnicoはレゲエでパンクなやつら。でもぼくは勝手にswingさせた。流れるままにベースラインを歩かせ、リキマズニ。基本はルンルン。そしたら色々わかった。自分の行くべき道が。
アコースティックベース アップ正面
少しだけ、自分がナニモノかがわかった気になれた。
ありがとうウッドベース。ありがとうwnico。そしていつも冷蔵庫にいてくれてありがとう。
「麦の泉」缶ビール。

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